そこで、今回は名古屋市内にゆかりのある戦国武将
の中から、三英傑の史跡を紹介いたします。
○ 織田信長
・名古屋城 中区 地下鉄市役所駅
出生地は名古屋城の敷地内にあった那古野城といわれています。
※愛西市の勝幡城説もあり
日本三名城のひとつに数えられています。第二次世界大戦で建物の
ほとんどが焼失し、現在の建物は昭和34年に再建されたもの。
・末森城 千種区 地下鉄覚王山駅
信長の父・信秀が築城。
信秀はこの城で死去したと伝わり、その後は城主不在になり廃城。
現在は、城山八幡宮が建っており、小高い丘と空堀の跡が一部残って
います。
敷地内にある昭和塾堂は昭和初期に建てられた不思議な形をした建物で
現在は大学に貸与されています。
また、防空壕とみられる跡がいくつか見つかり、一時期新聞を賑わしました。
・桃巌寺 千種区 地下鉄本山駅
信長の弟信行が父信秀の菩提を弔うため建立した寺。
直径1メートルの木魚、ねむり弁天、ちょっと不気味な大仏、中国風の山門
など、不思議な雰囲気が漂う寺院です。
・政秀寺 中区 地下鉄矢場町駅
信長の家臣だった平出政秀を弔うために信長が建立。政秀は信長
の奇行を諌めるため、自害したと言われています。
名古屋の繁華街栄や大須から徒歩圏内ですが、残念ながら非公開。
・古渡城 中区 地下鉄東別院駅
父信秀の居城で、信長はここで元服したといわれています。
現在は公園になっており、堀などを一部再現しています。
東別院や名古屋テレビと隣接。
・万松寺 中区 地下鉄上前津駅
父の葬儀で抹香を投げたという有名なエピソードがあります。
門前町として賑わう大須商店街の中にあり、信長のからくり時計
もあります。
・清洲城 愛知県清洲市 名鉄・JR清洲駅
清洲は信長が青春時代を過ごした地で、当時は尾張の中心地でした。
のち、徳川家康によって清洲から名古屋へ遷府が実施され、城下町ごと
名古屋へ引っ越し、廃城となりました。
当時の資料はほぼ残っておらず、現在の模擬天守は想像で建てられたもの。
位置も少し違うようです。
・桶狭間古戦場 愛知県豊明市 名鉄中京競馬場前
信長が天下統一の第一歩を踏み出した桶狭間の合戦で有名な場所。
桶狭間古戦場伝説地には義元の墓と伝わる塚や石碑などが建てられています。
※緑区有松説もあり、当地の桶狭間古戦場にも古い石碑などが残っています
・桶狭間の合戦周辺地 JR大高駅
緑区大高周辺には桶狭間の合戦にまつわる史跡が残っています。
義元の配下にあった家康が兵糧入れを行った城として有名な大高城跡。
現在は公園として整備されており、空堀の一部などが現存しています。
今川方の手に渡った大高城を攻めるために信長が築いた、丸根砦と鷲津砦も
大高駅の近く。小高い丘には、砦跡を示す碑が残っているのみ。
大高周辺は、酒蔵が多く、古い町並みも楽しむことができます。
・信長塀(熱田神宮境内)熱田区 名鉄神宮前駅 JR熱田駅 地下鉄伝馬町駅
信長は桶狭間の合戦前に熱田神宮で祈願したとされ、そのお礼に塀を寄進したと
伝わります。境内に塀の一部が現存しています。
○豊臣秀吉
・豊国神社 中村区 地下鉄中村公園駅
秀吉の出生地。
現在は中村公園として整備され、園内に豊国神社があります。
社殿は小さく、秀吉幼少時の銅像も。
隣接する常泉寺には秀吉産湯の井戸が、同じく隣接する妙行寺は清正の出生地と
して知られています。
園内にある中村図書館2階に秀吉清正記念館があり、入場無料。
○徳川家康
・岡崎城 愛知県岡崎市 名鉄東岡崎駅
岡崎城主松平広忠の子として出生。幼名竹千代。
築城は1452年。
明治の廃城令で取り壊され、現在の天守閣は昭和34年に再建されたもの。
その後の調査により、日本で4番目に大きな城郭であったことがわかっています。
・加藤屋敷 熱田区 地下鉄伝馬町
家康6歳の時、信長の人質として幽閉された場所。
旧東海道が通っていた熱田神宮近くの伝馬町にあります。
現在も大きな屋敷で、塀越しに碑が見えます。
・徳川園徳川美術館 東区 名鉄・JR・地下鉄大曽根駅
家康ではなく、尾張徳川家の史跡。
尾張徳川家の邸宅跡で、大名道具などが展示されています。



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